太平洋戦争のころに、日本各地で作られた飛行機を米軍の攻撃から守る防空壕。
掩体壕(えんたいごう)と呼ぶそうです。
この飛行機の防空壕が今も残っています。
飛行機の防空壕
久しぶりに、高知県南国市の高知龍馬空港の近くに行ったので、飛行機の防空壕を見に行きました。
写真のように、飛行機の形になった蒲鉾型のコンクリートで作られた、奇妙な構造物。
両翼と垂直翼の部分がカットされています。
これは太平洋戦争の頃、日本軍が作った飛行機の防空壕です。 高知県の高知龍馬空港から少し西に行ったところにいくつか点在しています 。
奇妙なかまぼこ型の構造物
このように今でも防空壕が残っているのは珍しいようです。 この防空壕、今では飛行機が入れられるわけでもなく、農機具や農業資材の置き場になっていたりします。
周りは主に田んぼ。2018年8月6日には、高知県の早場米がもう刈り取りを迎えていました。
その田んぼの中にポツンポツンと点在する飛行機の防空壕 「掩体壕」。
時代を超えて立っています。
なんだか不思議な風景です
この場所で当時学生をしていた方の話
10年ほど前、高知に疎開していたという方と一緒にこの防空壕を見に行ったことがあります。
その方は、学生で、この飛行場のあたりでの勤労奉仕をしていたとのことでした。
といっても、たいした仕事もなく、時々米軍の飛行機が低空飛行してきて、機銃掃射をしてゆく、その対策に飛行機にシートや草などをかけて米軍機から見えないようにするそんな作業をしていたと言っていました。
「草を刈って積み重ねて飛行機の形にしておく、すると米軍機がやってきて、草の飛行機に機銃掃射をして、また飛んでゆく、そんな様子を笑っていたりしてたよ。」
そんな話をしてくれました。
壁が薄かったんだなあ
危険じゃなかったのかと、うかがうと、
「そうだねえ、遠くから米軍機が来るのがわかるからみんな校舎のかげに隠れていたし、そう危険じゃなかったよ。」
そんな話をしながら、ふと思い出したように、
「そういえば、一人亡くなったな、学校の教室の壁際にいて、機銃掃射の弾に当たったんだな。」
と話してくれました。そして少し間をおいて
「壁が薄かったんだなあ・・・」
と言いました。
今でも、その意味について考えます。
「壁が薄かった」という言葉に隠された意味について今でも時々思い出して考えます。
友人がなくなったことを、「運が悪かったから」と言えずに「壁が薄かったから」と表現したのか?
機銃掃射で突き抜けてしまうほどの粗末な資材しか残ってなかった当時のことを表現したかったのか?
「壁が薄かったからなあ」と確かに、その方は言いました。
私は結局その言葉に隠された意味をわからないままです。
飛行機の防空壕掩体壕(えんたいごう)
高知龍馬空港の近く、田んぼの中にポツンポツンと飛行機の防空壕 掩体壕(えんたいごう)は今も建っています。
戦闘機用の小さな掩体壕、輸送機?用の大きな掩体壕、一斉に同方向から攻撃されないように、あちらこちらの方向にそれぞれ建っています。
ちょっと大げさな大きさと形の農機具置き場として、そこにあります。
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